上海からアメリカの田舎へ。夢はイギリスの大学院。


by zuo3jiu9tian
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転校する理由(06/11/11 原稿作成)

もう最近では、直接教えてもないのに知ってる人が大勢いるようです。
でも、この結論に至った経緯を詳しく知っている人は少ないだろうし、
真実とは違う内容の噂が一人歩きするのも嫌なので、自分からみんなに伝えたいと思います。
でも1人1人にしっかり伝えるのは時間がかかり過ぎるから文章にして伝えようと思います。
長くなると思うけど、最後まで読んでもらえるとありがたいです。
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自分は今、広島駅前の鴎州塾(AIC)を通じて中国に留学しています。
自分が中国に留学することになったのも本当に単なる偶然でした。
2005年の2月3日までは、中国に行くことを考えたこともありませんでした。
2月3日は広島修道大学の英語英文学科の入試前日。
でも修道に行く気は全くなかったし、合格する自信もあったので普通に外出した。
だけどその日、本当に偶然にも、
AICの0期生で小学校から仲のよかった先輩と数年ぶりに遭遇した。
話を聞いてみると、中国に留学していて今は冬休みで広島に帰って来ているとのこと。
その時は自分はなんで英語圏じゃなくて中国?くらいにしか思わなかった。
それに自分は中国語なんかより英語のほうがずっと勉強したかった。

でも、その先輩に見せられた鴎州の中国留学に関するパンフレットが本当に魅力的だった。
2005年の4月から7月までは広島の駅前の鴎州で徹底的に中国語の勉強。
それで2005年の9月から、2008年の3月まで(2年半)中国に留学。
その後、1年半広島に再び戻って
中国語を勉強するか、ニュージーランドに留学するかを選択。

これなら大好きな英語はもちろん、中国語も勉強できていいなと思った。
その先輩も本当に熱心に説明してくれたし、熱心に誘ってくれた。
センター試験の国語で大失敗をして、第一志望の大学をあきらめてた自分にとって
大して行きたくもない県外の国公立に行くより、いいのではないかと思った。

家に帰って親にその事を話すも、当然大反対に遭ってしまった。
でも、どうせ日本の大学に入学しても毎日バイトの毎日だろうし
小さい頃からの夢だった留学にしても、大学2年や3年になって
やっと1年間留学に行けるか行けないかって感じだろうから本気で中国に留学したいと伝えると
しっかり国公立に合格してから、それでもなお中国に行きたいなら行きなさいと言ってくれた。

だから2月25日の前期試験までは必死に勉強して国公立の前期試験にもなんとか合格した。
それから、鴎州の関係者のところに話を聞きに行ってきた。
彼らが悪いことを言うはずがないっていうのもあるけど、
話を聞けば聞くほど中国に留学したくなった。
肝心のニュージーランド留学について聞くと、条件は2008年の3月までにHSK8級とのこと。
自分は中国にももちろん留学したいけど、英語圏に留学するのが昔からの夢だから
ニュージーランドに絶対行きたいと思っているということを伝えると、
もう0期生の中に7級とった子もいるし真面目にやってれば取れるだろうと言われた。
それならと鴎州塾(AIC)を通して、中国の復旦大学に留学することを選んだ。


2005年の4月~7月までは広島で頑張って中国語を勉強して、
始めて3か月でHSK4級を取れた。
2005年の9月から上海での留学が始まった。
2005年の12月のHSKでは6級まであと1点の5級だった。
実は上海に来てから、ほとんど勉強してなかった。
でも、全然まずいとも思ってなかった。
こんなに勉強してなくてもそこそこ学力は伸びてるし、
まだまだ2年以上もあるし8級は取れるだろうと。

2006年の4月か5月頃、信じられない話が耳に入った。
「ニュージーランドに行くには、来年の9月から飛び級して3年に入らなければならない」
「試験は2年の教科書(自分達はまだ1年生)の範囲全部、全教科8割以上(だったかな?)」
なんでいきなりそんな話になっているのかわからず裏切られた気分になった。
2008年の3月までにHSK8級が条件じゃなかったのか…
こんな試験受ける気にもならなかった。
これまでにも数多くの嘘をついてきたが、今回だけはもう許せなかった。

2006年の6月にまたHSKがあった。
結果は6級だったけど、ほとんど勉強してないせいもあってか点数的には最悪だった。
結果が発表されたのは7月だったけど、
受けた感じでよくないのは結果が出る前からわかっていた。
その時自分は、
あと1年半も留学期間があれば、HSK8級は取れるかもしれない。
でも、ニュージーランドに行くためのHSK8級という目標がもうなくなってしまった。
留学前からHSK8級は絶対取りたいと思っていたけど、
今の自分にとってHSK8級は復旦大学を卒業するのに必要なだけ。
そしてそのまま復旦卒業しても、鴎州のサポートのもと就職するだけ。
これでは英語圏への留学という夢も実現不可能になってしまうだろう。
と思った。

だからいっそのこと、鴎州をやめてしまおうかと考えだした。
今自分の周りにはは良くも悪くも日本人が多すぎる。
なんで中国に留学しているのにクラス全員、
広島の頃から知り合いの日本人なのかがわからない。
環境的にはチェーンの学習塾とあんまり変わらない気がする。
そこで思い切って中国人の友達に相談してみた。
そうすると、
「上海師範大学は中国語教育の質が良いって有名だよ、
 思い切って環境を変えるのも大事だと思う」
とほとんどの友達が言ってくれた。
だからいつかは上海師範大学に転校するのもいいんじゃないかと思った。
でも、鴎州を絶対にやめること・師範大学に転校することは決めていたけど、
その時期などについては全然具体的には考えていなかった。


夏休みが終わって9月に再び中国に戻ってきて、上海での2年目が始まった。
上海に戻ってきてしばらくして、上海師範大学に通う先輩に偶然出会った。
そこでの生活について聞いてみると、本当に楽しくて充実しているらしい。
真剣に転校したいと思い始めた。

親に電話して転校したいということを伝えると
真剣に考えて、それでもしたいなら好きなようにしてもいいと言ってくれた。

9月の終わり頃に親とこの電話をして以来、毎晩ずっとこのことで悩む日々が続いた。
10月になってからは毎日毎日どんなことを考えたかも忘れるくらいに色々なことを考え続けて
ベッドの上でもずっと考えて、
気付いたら寝ててまた翌朝学校に行くというような生活を1か月近く送り、
10月の終わり頃にようやく来学期から転校して師範大学で勉強しようという決心がついた。
時期もいつがいいだろうか考えたけど、2月からの新学期が一番だと思った。
そうすれば、来年の2月に師範の高等クラスが終わって、その後アメリカにいる知り合いの家に
ホームステイさせてもらって英語をある程度のレベルまで勉強しておけば
9月の新学期にちょうど間に合うだろうし。
あえて自分に、
復旦に残ってあと3年でHSK8級ではなくて、
師範に転校して中国での生活は残り1年しかない。
その中でHSK8級という目標というかノルマを課そうと思う。


人と人との出会いも、今まで起こってきた事も全て偶然ではなくて運命によるものなんだろう。
中国にいると特にそのことを強く感じる。
センターでの失敗や、入試前日に偶然遭遇した先輩や
師範大学に転校しようと考えていた時に、師範大学の先輩と知り合えたことも全てそう。
センターに失敗してなかったら、多分中国じゃなくて第一志望の学校を選んでいただろう。
入試前日に先輩に遭遇してなかったら、今でも中国になんて関心を持っているはずもない。
師範大学の先輩に逢わなかったら、この転校をいつ真剣に考え出したかわからないし、
もしかしたら最後まで転校という行動を起こそうとしなかったかもしれない。
日本にずっといたんじゃ考えもしなかっただろう事で悩んでいるのも、
同じ時期に中国留学することを決断した人と
中国でめぐり逢えたことも全て偶然でなんかではない。
だから鴎州もやめるけど、
鴎州がなければ中国に関心を持つこともなかっただろうし感謝している。
今回、こんなに色々なことがあった後に
師範に転校することも、別に遠回りしたとは思っていない。

鴎州をやめてしまうことによって、自分の最終学歴が大学中退になってしまう。
大学をやめることが正しいことか間違ったことかで考えたら間違ったことかもしれない。
でもかまわない。
全て自分が人生で一番悩んだ末に出した結論なんだから後悔することはない。
将来、行動を起こさなかった当時の自分に後悔だけはしたくない…
正直に言えば、これからどうなるのか不安でしょうがない。
でもひたすら努力してれば、きっといい結果がついてくるはず、そう信じている。

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自分で読んでみても、これではあまり伝えたいことが伝わらないだろうと思います。
というよりここには書けないような理由もあるから、伝わりきらないのも無理はないです。
転校する必要なんてない・やるかやらないかは自分次第と思う人も大勢いるとは思うけど
将来英語圏に留学するためには最終的には鴎州はやめなければならないし
やめるなら早いほうがいいと思ったからこの時期にしようと思いました。
でも本当にいろいろな要因があって今回の結論にいたりました。

あと、本当はもっと早くみんなには直接伝えたかったんだけど、
家の問題、師範の手続きの問題など
全部片付いてすっきりしてから伝えたいと思っていたらこんなに遅くなってしまいました。
今週の木曜に師範に直接行って、手続きの問題も全部解決しました。

まだ最後じゃないけど、復旦大学のみなさん今まで本当にありがとうございました。
今学期の期末試験までは復旦で頑張るのでよろしくお願いします。
最後まで読んでくれた人、本当にありがとう!
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by zuo3jiu9tian | 2006-12-23 11:37 | 在上海